2023/10/07 13:09
― Sign ―
10月初旬開催の[ayanoguchiaya]の新作展示会のテーマは“sign”。
符号、記号、兆候、合図、象徴、調印、標識、看板、警告、縁起、符丁etc……日本語で考えると、実にいろんな意味をもつキーワードだ。
「朝の湿度
淡いブルーの海の霧、
新緑
つかまえた蝶
光の皺
ワンピース
遠い太陽
乾かない絵の具、
油の匂い
暁に見た夢
朧げな記憶
懐かしい、小さな気配
どこかからの何かのサイン
インビテーションにアヤさんが綴った言葉から考えると、「兆候」「予感」「象徴」といった意味が当てはまるように感じるが、読み手次第でまた違う解釈ができそうだ。
“sign”は、今回コラボレーションしている現代美術家の奥村乃さんの作品からインスピレーションを得て思いついたテーマだ。(奥村さんの作品は前回のコレクションでも、水墨画で描いた猫のモチーフを大胆にテキスタイルへ落とし込み、鮮烈なインパクトを与えた)
「昨年購入した奥村さんの絵を眺めていて『何かのサインみたいだな』と思って。目に見えないことへの興味がここ数年特に強くなっているのもひとつの理由かもしれない。」
アヤさんは勘がいい人だと思う。第6感が冴えているというか。
母方の家系が代々続くお寺だったり、元々素質はあったようだが、年々引きが強くなっているという。「目には見えないこと」の作用と興味。それって、オカルト的な話ですか? と怖い話好きの血を騒がせて聞くと、そんな非科学的な話ではなく「きっかけになったのはホメオパシーだけど、最近勉強をはじめたホロスコープとか、色んなことがつながり始めて来ているように感じるの。」という答えが返ってきた。
まずはホメオパシー。聞いたことはあるけど詳しくはよく知らない言葉だ。
調べてみると、
「ホメオパシーは、本来、体に備わっているといわれる自己治癒過程に働きかけ、病気の人が全体のバランスを取り戻し回復していくと考えられています。 疾患や症状よりも病気の人、その“人”に焦点をあて、オーダーメイドの個別性と多様性を特徴とする全人的(ホリスティック)な医療です。」
とある。
アヤさんとホメオパシーの付き合いは意外と長い。
会社員だった20代、その頃のアパレル業界全体がそうだったが、激動の働き方をしていた。そんなハードワーク期を経て、30歳で独立後も同じように朝から日付を跨いで帰宅するという働き方をしていたら、無理が祟って体を壊してしまった。
「アパレル業界も今ほどファストファッションでいっぱいなわけでもなくて、年に4回も展示会をやるというハイペースなサイクルで、とにかくずっと忙しすぎだった。3ヶ月に1回新作を百何十型も作らなきゃって。考えてみれば息つく暇もないよね。ずっと体調不良を抱えながら働いていた時にホメオパシーと出会って、目には見えない、もっと本質的なことに目を向けることが大切だって気づいたんだよね」
即効性を重視する現代医療の対処法ももちろん大切なことだが、そもそも原因を探って治していくホメオパシーは、生活サイクルや個人の嗜好、自分でも気づかなかったような気持ちのクセや内面的なことへ入り込む。体調不良は積み重ねてきたことが要因だったり、積み重ねてしまったメンタルを根本的に変えないと繰り返してしまう可能性もある。
アヤさんは好転反応によるデトックスや、ホメオパス(ホメオパシーを用いて治療する人)との定期的なカウンセリングを行いながら、現代療法も並行して行うことで、健康を取り戻した。
「ホメオパシーって、強いカフェインは効きが悪くなっちゃうから、始めた頃から10年くらいコーヒーを飲んでなかったんだよね。紅茶なんかもあんまり良くないんだけど、コーヒーは匂いも刺激も強いじゃない? タバコも深酒もダメ。まあタバコは吸ってなかったのと、お酒もそんなに飲まないから問題なかったんだけど、大好きなコーヒーをピタッと止められちゃうくらい、ホメオパシーの効果がわかるのが面白かった。今でもホメオパシーはもちろん続けているけど、体調いいのでコーヒーは何年も前に完全復活してるけどね。」
それ以来、20年近くホメオパシーを含め自然療法全般、そして前述の通りさまざまな「目には見えないこと」を生活に取り入れるようになり、ここ最近さらにその興味が色濃く、深度を増しているという。
最近はホロスコープの勉強とフラワーエッセンスも始めたそう。
ホロスコープは具体的にいうと、占星術で個人を占うための天体の配置図で、アヤさんが今習っているのはその読み取り方。「まずは自分の過去や未来の潜在的な要素を知るんだけど、これが壮大な心の旅路のようで、興味が尽きないの。」と話す。
フラワーエッセンスは花のエッセンス(生命エネルギー)を水に移して飲み込むことで、メンタルバランスをととのえる自然療法だ。
そういえば、アヤさんは以前、フィトテラビー(植物療法)も学んでいた。
いずれも「目には見えない」力を感じることばかりだ。
服作りは、アヤさんにとって大好きで現実的な仕事だが、最近はクリエーションのつながりのひとつとして「絵を描きたい」という気持ちが自然と強くなってきて、今年、30年ぶりに油絵を描き始めた。仕事でデザイン画やドローイングはたくさん描いていたけれど、絵の具を使う油絵は意味が違なり、「必要なことのように感じる。」という。油絵は学生時代ぶりで、ひとまず腕慣らしに数枚描いたのは、愛猫のベッチンとフラノだが、これから少しずつ「目には見えない何か」を私たちに見せてくれる作品を描いてくれるに違いない。
「生産性の全くない行為に時間を使うことは、癒やしにもなるし、思考のリセットにもなる。今まで使っていない部分の脳を活性化している感覚がする。瞑想もしてるけど、その時間もすごくいい。魂が研ぎ澄まされる感じ。」
アヤさんの瞑想はとてもカジュアル。きっかけは、友人の家へ遊びに行った時に置いてあった「TM(トランセンデンタル・メディテーション)瞑想」の本を見て、ちょうどやってみたいと思っていた時期だったので、引き寄せられるように紹介してもらい、実践するように。
「最初は雑念ばっかりだし、“なにも考えない”って考えちゃうんだけど、だんだん慣れてくると“何も考えない”ができるようになるんだよね。終わった後は、頭の中が空っぽになってる感覚ですごくすっきり。」
長く続いた物質主義から、精神的なことに価値が移ってくると言われているこれからの時代に向かっているのだろうか。そう考えると、その“変化”はなんだか腑に落ちる。
アヤさんはとても好奇心旺盛で、話を聞くたびにさまざまな分野へ興味の枝葉を広げているけれど、それが時代と共にゆるやかにつながっているようだ。
ずっと感じてきた目に見えないものの力や内に秘めていた、言語化できないイメージ。
これから何が大切なのかを示す“sign”。
そういったものが今回の展示会で感じてもらえたら、と軽やかに笑いながら話してくれた。
2023.9月 西村依里